移民コンサルタント 村山真理枝さんについて

カナダ留学コンパスでは、移民、永住権に関しては移民コンサルタントの国家資格を所有している正式な移民コンサルタント 村山真理枝さんにお願いしています。

真理枝さんがどんな人なのか、その人柄が伝わるようにインタビューしました。

 

── 出身はどちらですか?

真理枝さん:
群馬県と埼玉県の境目で日本一蒸し暑い熊谷の隣、太田市出身です。

有名な観光地はありませんが、長芋は美味しいのが取れます(苦笑)。

 

── 子ども時代はどんな性格でしたか?

真理枝さん:
1歳上の兄と1歳下の妹と三つ子のように育ちました

年齢が近いのと、兄も妹もとても出来た子達だったのでワガママな私でも兄弟ゲンカはありませんでした。

 

── ワガママだったんですか?(笑)

真理枝さん:
今思うと、親にとっては悪夢のような子どもだったと思います(笑)。

何も考えてなくて、うるさくて、自分の思う通りにならないと癇癪(かんしゃく)を起こし、食べ物の好き嫌いも多いという。

例えば、ピアノのレッスンが嫌で、妹も連れて向かいの家の押入れに立てこもったり……。

 

── きょ……強烈ですね

真理枝さん:
今では母に「手がかかる子ほど可愛いでしょ?」と言うのが口癖です(爆笑)。

 

── 小学校のころはどうだったんですか?

真理枝さん:
小学校ではあまりにも勉強をしなくて母が諦めたのか、スポーツばかりさせられてました

陸上、ミニバスケットボール、水泳、スキー、リレーといろいろしましたね。

 

── 本当にスポーツばかりですね!

真理枝さん:
ワガママでしたが、一度納得すれば、誰よりも頑張ってました。納得さえすれば(笑)。

何に関しても「なんで?」と聞きまくる子どもで、妹にも母にも「もう!何でって聞くのは禁止」と禁止令が何度も出るほどでした。

 

── 発明家のエジソンも「なぜ?」と聞きまくっていたそうですよね

真理枝さん:
そうなんですか! 私、すごい発明しちゃうかも(笑)。

中学や高校に入っても、「なぜなぜ病」は止まらず、「夏は白の靴下、冬は黒か黄の靴下」のような校則に対しても、「なぜ?」と先生を問い詰め、困らせていました

その先生も顔を真っ赤にして「もう!あんたは退学になるよ!」と怒鳴りだす感じでした。

 

── 日本の校則には理由がないものが多いですからね(笑)

私としては、何が悪いのかわからないけど、いつもトラブルになる……という状態でした。

本当の意味での不良をしてる子とは違うと思うのですが、「問題のある生徒」というレッテルを貼られ、「どうして質問しちゃいけないんだろう?」と12年間、苦しんでましたね。

 

── そういう経験が留学に繋がったのですか?

真理枝さん:
まさにそのとおりです。

中学〜高校時代のこの体験が私を留学に導いたんだと確信しています。

まぁ、今考えれば勉強だけでもちゃんとしていれば、きっと先生や親もそれなりに聞いてくれたんだと思いますけどね。

質問される人達も人間だから、完璧に何もかも答えられる訳じゃないですから。

 

── 高校を出たあとはどうしましたか?

真理枝さん:
高校を出て、北海道の短大に入りました。

サークルなどで遊び呆けることと、北海道の自然を楽しむことに夢中になっていましたね。

一人暮らしは楽しいこと、自由が満喫できることは学べましたが、残念ながら日本の短大では何も学べませんでした。

専攻は商科ですが、カナダの短大に行くときに見た成績表によるとそれなりの成績を取っていたようですが、何を勉強したかも覚えていません(笑)。

後々、カナダの短大〜大学に入ることになるのですが、そこで学んだことは、仕事や私生活でも毎日のように活用しています。

 

── 大学を出てからどんな仕事をしていましたか?

真理枝さん:
一部上場の積水化成品に正社員として就職しました。

事務処理や秘書のような仕事を4年間。

短大では学ぶことがなかったのですが、日本の会社は学ぶことがいっぱいでしたよ。

社会人としての教育」を本当の意味で学べたと思います。

先輩がいないと何も出来ない人間が、お給料をもらいながら色々と教えてもらえるなんて素晴らしいですよ。

 

── カナダではそうじゃないのですか?

真理枝さん:
はい。カナダではそんな「甘えた社会人のスタート」は切らせてはもらえないんです。

即使える人材が求められていますし、そうなるような教育制度になっていますからね。

世界で成功できるような人間になるためには、日本で3年間の就労経験をオススメします。

 

── 日本で社会人をしているときはどうでしたか?

真理枝さん:
仕事を始めて、最初の1年は毎日泣きっぱなしでしたね。

サービス残業も毎日、週末にオフィスに行くこともよくありましたが、毎日学ぶことがある間はがんばっていました。

負けず嫌いな私は、今与えられている仕事が完璧にできるまでは絶対にやめないと決めていたんです。

4年間、日本の会社で働いていましたが、その時やっていた仕事に自信がついた時点で「次のステップ」を考えるようになりました。

 

── その「次のステップ」が海外だったんですね?

真理枝さん:
そうです。そのときの私にとっての「次のステップ」は、日本を出て海外に行くことでしたね。

私が働いていた頃の日本企業では、女性の事務員の頭打ちは3年でした。

3年以上会社に残っていても、女性が出世できる道はないことは、他の先輩女性を見てよく理解してましたし。

今の日本はもう少し進んでいるのかもしれませんが、その時の私には日本にただ残る選択肢はなかったと思います。

あと、日本での結婚がどうしても女性に不利に出来ていることに納得できなかったのも日本を出たいと思い始めたきっかけです。

 

── 海外の中でカナダを選んだ理由は何ですか?

真理枝さん:
北海道の短大を卒業したんですが、北海道と同じような気候で自然もいっぱいということで興味を持ちました。

それにカナダは英語の発音もきれいだったので、いろんな国を調べた中でカナダがダントツだったんです。

 

── カナダに来た当初はなにをしていましたか?

真理枝さん:
最初は、オタワのカールトン大学(Carleton University)の付属英語コースに入り、大学への入学を目指しました。

オタワはカナダの首都で極寒なんですが、北海道に慣れていた私にはなんの問題もありませんでしたよ。

その後、バンクーバーの短大への入学を決めてバンクーバーに移動し、その短大を終了しました。

 

── そのままずっとバンクーバーにいますか?

真理枝さん:
いえ。カナダの短大を終了した後、イタリアへの移動を決意し、4年半の間、イタリアに住んでいました。

でも、またカナダに戻りたいと思い始め、カナダに戻る決意をしました。

 

── ビザも無い中、どうやってカナダに戻ったんでしょうか?

真理枝さん:
そのときカナダに帰るすべは「大学への編入」しかなかったんです。

4年半も英語から離れて不安はありましたが、なんとか大学に入りました。

学校からもAWARDをもらい卒業し、PGWP(日本語では「ポスグラ」とも呼ばれる就労ビザの一種)を取得することができました。

 

── サラッと言っていますがスゴいですね(笑)

真理枝さん:
いえいえ。その後は仕事探しの毎日です。

毎日、5〜6時間かけてそれぞれの会社に合わせた履歴書とカバーレターを作成していました。

1日10件以上の履歴書を送り続け、必死の就職活動を続けていましたね……。

 

── そして就職先が?

真理枝さん:
はい。そんな中で決まったのが、韓国最大の留学エージェント「UvanU(ユーバンユー)」でした。

UvanUは、韓国人以外の学生のリクルートメントができる人間を探していたんです。

面接では「できますか?」と聞かれて、根拠もないのに「はい! 出来ます」と自信満々で答えた記憶があります。

 

── あとに引けない状況の中、成果を出したんですね

真理枝さん:
そうですね。入社して3ヶ月後には成果を出し、カナダ移民のスポンサーになってもらうことを了承してもらえました。

半年後にはマネージャーに昇進し、本格的なヨーロッパや南米、サウジなどへのマーケティングを開始しました。

この頃も毎日残業、週末出社もよくしていた記憶があります。

成果も無事に出して、業界で認めてもらえる存在になれたのもこの会社のおかげだと心から感謝しております。

 

── カナダでも毎日残業、週末出社だったんですか? 日本と同じ状況では?

真理枝さん:
たしかに「サービス残業」という言葉にすると、日本と同じに見えますが、全然違いました。

残業すればするほど自分に返って来る」ことを考えれば、結果的には実りばかりでした。

残業してもそれに見合って成果を出して行けば、毎日学ぶことばかりですからね。

私が日本で経験した単純作業がほとんどの事務員では「3年繰り返したら学べることはほとんどない」という状況でしたが、同じサービス残業だとしても大きく違います。

「残業」と聞くとマイナスなイメージが多いと思いますが、仕事を始めたばかりの人に限っての残業は本当に自分の為になりますよ!

若い頃はまだ家族もいなく独身で自由な身。このときに学べるだけ学ぶという心がけがあれば成果を出すための残業はとても楽しいです。

 

── そのあと、移民コンサルタントになったんでしょうか?

真理枝さん:
その後は、スカウトをしてもらった教育団体で1年間マーケティング・セールスの管理職として働きました。

日本の大手留学エージェントに管理職として雇ってもらった際に、移民コンサルタントの国家資格を取得しました。

そこで経験を積んだ後、現在の移民コンサルタントとしての独立となりました。

 

── カナダ移民を目指す人にひと言お願いします!

真理枝さん:
グローバル化の進む中、移民はカナダだけではなく、世界でも避けられない現象となっていきますよね。

それは日本でも同じで、人口がどんどん減っていく日本では外国人の力を借りないと成り立たなくなると言われています。

どんな人達に日本に移民として来てほしいと思いますか?

自国で学校も中途半端、仕事もバイトばかりで続かない人に来て欲しいですか?

日本語が片言、日本の文化もよく分からに人に来て欲しいですか?

政府がそういった人間が簡単に日本に来られる法律を作るとしたら賛成できますか?

どの国でも「欲しい人材」というのは決まっています。

ただ、その人材を選ぶプロセスを平等かつ、正確にするのがとても難しいのです。

移民法はカナダの政治と経済状況に応じてコロコロと変化していきますが、カナダ人のためにあり、外国人申請者の為にあるものではありません

そういうことを知った上で、世界的にも移民しやすく、過ごしやすい国カナダへの移民を考えていただければと思っています。

移民コンサルタントの私としては、そんな目まぐるしい変化をいち早くキャッチし、できる限りのサポートをしていければと思っております。

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