カナダに来たら、知っておきたいのが、「ファースト・ネーション」と呼ばれる先住民のこと。
街中で見かけるトーテムポールや先住民デザインのグッズは、彼らの文化を尊重したものです。
また、日常やニュースでも、ファースト・ネーションについて見聞きする機会はごまんとあります。
カナダの日常と密接に結びついているファースト・ネーションについて、歴史から、現代のカナダが抱える社会問題についてわかりやすくお伝えします。
このページの目次
ファースト・ネーションとは?
ファースト・ネーションとは、カナダに住む先住民の一部を指した言葉です。日本では「インディアン」「ネイティブアメリカン」といった言葉のほうが、馴染みがあるかもしれません。
しかし、北米では「インディアン」という呼称は差別的だとされており、先住民の人々に敬意を払い、ファースト・ネーションと呼称します。
ファースト・ネーションは先祖から自分たちの文化や言葉を継承し、現代でも独自の信仰・暮らしを重んじています。
ファースト・ネーションの文化や影響力は、今のカナダにおいても、重要な一角を担う存在です。
カナダの3つの先住民グループ
まずは、カナダに住む先住民について見ていきましょう。
実は、カナダにはファースト・ネーションを含めて3つの先住民族が今も生活をしています。
そのうちの半数以上が、ファースト・ネーションだとされています。
カナダの先住民族のグループ
- ファースト・ネーション(First Nations)
- イヌイット(Inuit)
- メティス(Metis)
それぞれの特徴について、掘り下げてみましょう。
ファースト・ネーション
2021年時点でカナダで過ごすファースト・ネーションの数は104万8,405人とされています。この数は、カナダで過ごす先住民のうちの約58%を占める数値です。
カナダの先住民の中でもっとも数が多いことから、カナダ先住民のシンボル的な存在といえます。
ファースト・ネーションの半数は政府公認であり、1876年に制定されたインディアン法が適用されます。
一方で、非公認のファースト・ネーションも多く存在し、差別や不安定な社会的地位の元、日々を過ごしているのが現状です。
さらに公認・非公認が根源となった課題も多くあり、カナダにおける先住民の社会問題に大きく関わっている民族といえます。
ファースト・ネーションに関する問題に関しては、後述の「ファースト・ネーションをめぐる社会問題」で解説します。
イヌイットとは
イヌイットとは、カナダの氷雪地帯で暮らす先住民のことを指します。「エスキモー」と呼ばれていた時代もありますが、現代ではイヌイットという名称が一般的です。
イヌイットは、2021年時点でカナダ国内に7万545人いるとされています。この数は、カナダの先住民全体の4%ほどにあたる数値です。
カナダの北側にあたるヌナブト準州には多くのイヌイットが住んでおり、アザラシやホッキョクグマなどの狩猟をおこなっていました。
しかしイヌイットの現在の暮らしは、電化製品の普及といった文化的な側面が増えてきています。
一方で、伝統的なイヌイットがまったくいなくなったわけではありません。現在も動物の皮で衣服を作ったりイグルー(カマクラ的なイヌイットの住居)をつくって過ごしたりと、イヌイットならではの伝統を重んじて暮らす人々もいます。
メティスとは
2021年時点のカナダ全土には、62万4,220人のメティスが暮らしています。先住民のおよそ34.5%をしめる彼らは、ヨーロッパとファースト・ネーションズの間に生まれた混血民の子孫です。
メティスの多くが英語を第一言語としており、フランス語を第二言語として活用しています。メティス独自の言葉を話せる人は現在では少なく、耳にする機会はあまりありません。
1600年代初頭、フランスが現在のカナダに住むファースト・ネーションと毛皮の貿易を開始したことが、メティスのはじまりとされています。
居留地について
カナダ政府は、ファースト・ネーションをはじめとする先住民に、居留地(Reserve)の提供をしています。
居留地とは、ファースト・ネーションの人々が暮らしたり、店舗を営んだりするエリアのことです。
2020年時点で3,394の居留地がカナダ全土にあり、さまざまな場所でファースト・ネーションが生活を営んでいます。
しかし与えられた居留地のすべてが快適な環境とはいえないのが、現状です。居留地の中には電気やガスの設備などが整っておらず、衛生・治安などの面で不安が残る場所も少なくありません。
そうした環境の劣悪さも、ファースト・ネーションを巡る問題の根源とされています。
ファースト・ネーションの特権とは
ファースト・ネーションがこれまでの抑圧された環境から抜け出せるように、政府や自治体がさまざまなサポートに力を入れています。
そのうちの1つが、消費税の免除です。
政府が認める基準を満たしたファースト・ネーションには、「Status Card」と呼ばれるIDカードが発行されます。このカードを買い物時に店員に見せると、消費税が免除されるシステムです。
そのほかにも、認定を受けたファースト・ネーションの人々は学費や税金なども控除されます。
加えて「ファースト・ネーションの土地」として認められている用地の管理・価格交渉権なども、ファースト・ネーションに与えられた特権です。
認定の基準は曖昧
カナダのファースト・ネーションには、政府に認定された場合のみ、特権が与えられます。しかしこの「認定」の基準は曖昧であり、カナダ国内で度々問題視されている内容です。
たとえば、カナダ憲法第35条には、先住民の権利について触れた内容が記載されています。しかし権利の証明や基準、所在などの詳しい内容についてははっきりと触れられていません。
裁判所はかつて、この憲法内容を明確にするために法的テストを設けて、権利の定義を明らかにしようと試みました。
しかしその結果は曖昧で、決定打といえる打開策は見いだせていないのが現状です。
認定の基準については、ファースト・ネーション及びカナダ国民の間でも問題視されており、カナダ政府の今後に期待を寄せる一面でもあります。
ファースト・ネーションをめぐる社会問題
カナダでカナダ国民と共に生活をするファースト・ネーションですが、彼らにまつわる社会問題は未解決状態になっているものも多くあります。
ここからはファースト・ネーションをめぐる社会問題について見ていきましょう。
アルコール・薬物依存
ファースト・ネーションの人々は、ドラッグ・アルコール中毒の割合が高いとされています。
彼らがこういった依存性の高い物から離れられなくなるのは、差別の目やそれによって発生する雇用率の低さ、さらに居住環境の劣悪さが原因の1つとして考えられています。
しかしストレスによってアルコール・ドラッグ依存を引き起こし素行が悪化すれば、再びファースト・ネーションに差別的な目が向けられてしまうのが現状です。
負の連鎖を断ち切る方法を、カナダ政府と国民、ファースト・ネーションが一丸となり現在も模索をしています。
特権自体が差別と認識するファースト・ネーションもいる
自身に与えられた特権自体を「差別」と認識するファースト・ネーションも少なくありません。
たとえば「IDカードを提示しないといけないのは、自分たちに対する偏見」として、IDカードを見せずに消費税の免税を申し出た結果、店員とファースト・ネーションがトラブルになるケースもあります。
ファースト・ネーションに対して慎重にならざるを得ない
ファースト・ネーションが住む集合住宅や施設は、価格改正やルール改定に慎重にならなくてはなりません。デリケートな問題が多いため、ファースト・ネーションについて、公の場で語ることに抵抗を持つ人も多くいます。
しかし、独自の文化を持つファースト・ネーションを敬う人々がたくさんいるのも事実です。
問題はまだまだ多く残されたファースト・ネーションとカナダの関係性ですが、双方の人々が思いやりの意識と歩み寄る姿勢もあり、少しずつ解決への足取りを進めています。
先住民の同化政策について
ファースト・ネーションを語る上で無視できないのが、「同化政策」の歴史です。同化政策とは、簡単に言うとファースト・ネーションの人々をカナダ人と「同化」させようとした施策のことを指します。
かつて、ファースト・ネーションが持つ文化を撤廃し、話す言葉も英語に限定させ、彼らの尊厳を無視した歴史がカナダにはあります。
過去には、residential school (寄宿学校)にファースト・ネーションの子どもたちを隔離し、独裁的な教育と体罰を与えてきました。
学校がなくなった後でも、同化政策自体は1990年代の終わりまで推進されていたのです。
しかしその後、カナダ政府が公式に謝罪をし、巨額の賠償金とサポートを約束した上で、ファースト・ネーションと和解をしました。
また、2022年にはローマ教皇がファースト・ネーションの地を公的に来訪し、ファースト・ネーションの人々に「寄宿学校制度にはカトリック教会とキリスト教コミュニティーの多くの関係者が関わっていたこと」を謝罪しています。
同化政策は現代でもたびたび問題視されるカナダの歴史です。
悲しい過去を繰り返さないようにさまざまな取り組みが続けられており、選挙での公約には同化政策に対する向き合い方(政策表明)が必ずと言っていい程含まれています。
寄宿学校の悲劇
同化政策に関する調査と反省は近年でも続いています。
2021年5月には、「旧カムループス・インディアン寄宿学校前で、3歳の子供も含む、約200人の子供たちの遺体が発見される」という、衝撃的な事件がありました。
それだけでなく、6月下旬には、サスカチュワン州の学校跡地で、主に先住民族の子供たち751人の遺体が発見されるなど、カナダの2つの州にある旧全寮制学校3校の敷地内で、見つかった遺体は1,000人以上(ほとんどが子供)に上りました。
この事件は国内外に衝撃を与え、各地で真相の究明を訴えるデモが起こり、追悼の場が設けられるなど、カナダ国民にとって一番の関心事となりました。
How Thousands of Indigenous Children Vanished in Canada|NY times
先住民に関わる祝日
先住民に関わる祝日が、2つあるのはご存じでしょうか?それぞれをご紹介します。
National Truth and Reconciliation Day
カナダには、同化政策を基にした祝日があります。それが、9/30のNational Truth and Reconciliation Dayです。
元々は「オレンジシャツ・デー」として知られた、「オレンジ色を身につけ、先住民への敬意とサポートを表明」する日でした。
ですが、上記で述べた2021年5月の悲劇を受け、ほとんどの企業がオレンジデーに自主休業をし、追悼の意を表しました。
これを受け、翌年には政府が公式に9/30を祝日と制定、今のNational Truth and Reconciliation Dayとなりました。
ちなみに、オレンジシャツ・デーという名は、寄宿学校で体罰を受けたファースト・ネーションの人の経験が由来です。
彼は、入学初日にオレンジ色のシャツをはじめとする全ての私服を奪われ、それらは2度と手元には返ってこなかったそう。
悲しい悲劇を2度と繰り返さないように、9/30になるとカナダ国民はオレンジ色のシャツを着たりオレンジの明かりでライトアップをしたりして、ファースト・ネーションの健全な未来を願います。
National Indigenous Peoples Day
そのほかにも、6/21のNational Indigenous Peoples Dayもファースト・ネーションに由来する祝日です。夏至にあたるこの日は、ファースト・ネーションの人々は自分たちの文化と伝統を祝ってきました。
今では、ファースト・ネーション以外のカナダ国民も一緒になり、彼らの文化の繁栄と永続を願って、お祭りやお祝いをして楽しく過ごします。
カナダの日常と先住民の関わり
カナダでは、日常のいたるところで先住民との関わりを感じることができます。たとえば、トーテムポールやドリームキャッチャーなどは、お土産やインテリア・ファッションのグッズとしても人気です。
ファースト・ネーションの紋章を模したアクセサリーや衣類、カヌーなどのアクティビティなども観光客や国民に親しまれています。
また、カナダの土地の名前は先住民の土地に由来したものが少なくありません。「カナダ」という国の名前も、ファースト・ネーションの「カナカ(村・村落)」という言語が由来だとされています。
博物館やカルチャーセンターに行けば、必ずと言って良いほど、ファースト・ネーションの展示があります。
カナダを訪れた際は、ファースト・ネーションの気配を探しながら、街中や観光地を探訪してみるのもおすすめです。
まとめ
ファースト・ネーションの歴史や現在の在り方は、明るい内容ばかりではありません。しかし彼らの独自の文化はとても魅力的で、多くの人々を惹き付けます。
カナダに観光・留学をする際は、その存在を身近に感じる機会も多くあるでしょう。
事前にある程度の知識を身につけておくことで、話題に困ったりファースト・ネーションに関するTPOで失敗をしたりするのを防げます。
ご紹介した内容を参考にして、ぜひ、カナダのファースト・ネーションの文化に触れてみてくださいね。